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途方もない

考えたことについて書くブログ

結婚8年目で、子供を持とうと決めた

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「結婚しても、子供を産むとは限らない」ということに一応なっている世の中に、私たちは居る。しかし実際結婚すると、「じゃあ、子供はどうするのか」とか、「結婚してるの?子供は?」そういう流れに出合うことがとても多い。

 それらの反応を2、3年ほど、あいまいな笑顔で流していると、なんとなく「出来ないのかもしれない」と思われて、そういうふうにその問題はだんだん落ち着いていく気がする。何故あいまいに流していたか。わたしの場合は、夫婦で同時に「子供が欲しい」という意志を持つことができなかったからだ。

結婚する前か、したばかりの頃、わたしから子供が欲しい、と相手に話をしたこともあるが、あまり良い反応が帰ってこなかったので先延ばしにしていると、そのうち自分も子供を持つことに向かって行くだけの気概がなくなってきたというか、このひととの子供を産んでよいのか、また、なんだかもう自分が根本的に子供を産みたいのかどうか、それもわからなくなってきていた。
もちろんそんなこと周りには打ち明けてなかったけれど、自然にして出来なかったのではなく避妊しながら結婚生活を送ってきた。ずいぶん長い間自分たちは子供をどうしたいかという話し合いすらほとんどしなかった。

そうしているうちに実兄に子供ができ、相手の妹たちにも子供ができた。
周りが産んだからってわたしたちはわたしたちと、意識しないように過ごしてきた。
しかし、そのせいかわからないけれど一年ほど前から情緒が不安定になることが多くなってきて、理由もなく(自分で理由がわからず)泣いていたりふさいでいたりと、それは相手にもしっかり伝わっていたらしい。
楽しい日もある。仕事で程良く疲れて、夜は一緒にお酒を飲んで平和な夫婦にいつのまにかわたしたちはなっていた。

ある時夫がわたしに話をした。
話をする前から、いつもと違う雰囲気がしていた。
もしや別れ話なのかと思うほどの、「普段と違うぞ」というにおいをさせながら夫は切り出した。「あのね、子供、もうそろそろひとりくらい持っても良いと思ってるんだけど」
びっくりした。信じられない気もした。わたしは子供が欲しいという気持ちがそれこそ波のように打ち寄せては返すようなことを自分の中で幾度も繰り返してきたのだけど、
もう、自分から持ちかけて説得する気はなかった。
一生、子供がもてないかもしれないという覚悟を、ゆっくりとすすめていたような気がする。わたしは臆病でだらしがないのかもしれないが、わたしが選んだ夫がそれを欲しいと思わないなら、子供はいらないと結論づけていた。

驚きつつも喜んでいたわたしに、「ここに引っ越してから植物を育ててるでしょ。どんどん大きく育てて、鉢の数も増えて。何か育てたいんだろうなって思った。」と笑いながらいって、その日その話題は終わった。

そこから私たちは子供を持とうと努力し、ちょっとした壁もあったけれど幸い4ヶ月ほどで妊娠が発覚した。一生子供を持たないかも、と思っていた地点にはもう、戻れる自信はあまりない。お腹は膨らんで行き毎日胎動があり、だから後はもう無事に産まれれば御の字と思って過ごしている。

うまく文章にすることはできないけれど、まず子供をひとり持つか持たないかは凄く違う。2人が3人になる、ということは、お互いの血や家やバックグラウンドの捉え方から変わってくる。まざるのである。
結婚8年たってこういう変化があるのだということと、結婚生活はこれからも変化していくのだと気づいた。子供を持っても持たなくても、お互い年をとって変化はしていくだろう。でもわたしたちは同時に、子を持つことを選んだ。その点で、とても腑に落ちている実感がある。

周りからみれば遅いスタートかもしれないけれど、やっぱりこれでよかったのだ。

 

では、今日はこのへんで・・・

ありがとうございました。

 

水鳥まほ